湘南パートナーズ税理士法人

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とりあえず、事業承継計画は提出しよう!

投稿者 Bush吉田 2019年01月21日

みなさま、明けましておめでとうございます。

今週、1月24日、「特例事業承継税制」の勉強会を行います。

自社株式の承継や社長交代を予定しているクライアントの経営者に勉強会の参加を呼び掛けています。

「特例事業承継税制」は既存の事業承継税制に比べ、自社株式の100%、その評価額に対する贈与税又は相続税の全額の納税が猶予される有利な税制措置です。

その「特例事業承継税制」の適用期限は2027年12月までです。
「特例事業承継税制」の適用を受けるには、2023年3月までに「特例承継計画」を都道府県に提出して確認を受ける必要があります。
税制の適用期限までは残り約9年ありますが、「特例承継計画」の提出期限は残り4年少々であることに注意しなければなりません。

クライアントの経営者の方々と話してみると、
「まだ後継者が決めきれていない」、
「後継者候補が居るがまだ実力不足で承継時期が未定」、
「自社株式の評価が低いから」、
等の理由で、この「特例事業承継税制」は関係ないと思っている経営者が多く居ます。
しかし、「後継者の決定」や「後継者の力不足の解消」、「生身の現経営者の相続開始」がいつなのかは分からないと云えます。
また、株価が低い会社の業績が急上昇し株価が高くなるケースは実際に多くあります。

私ども事務所では、後継者を決めきれていないケースや自社株式の承継や社長交代の時期が未定のケースでも、とりあえず「特例承継計画」を提出しておくことお奨めしています。

「特例承継計画」の提出期限後に、
「後継者が決まった」
「株価が高くなってしまった」
「先代が亡くなった」
といったことを理由に特例事業承継税制の適用が有利となることは十分考えられるからです。

これらのケースはいずれも、2023年3月までに「特例承継計画」を都道府県に提出していなければ、「特例事業承継税制」の適用をあきらめるしかありません。
また、詳細は割愛しますが、2027年12月までに先代経営者が後継者に自社株式を贈与して、贈与税の「特例事業承継税制」を適用しておくことによって広がる選択肢もあるのですが、これも、2023年3月までに「特例承継計画」を都道府県に提出していなければ、あきらめるしかありません。

なお、2023年3月までに「特例承継計画」を提出しておけば、その内容に変更があれば2023年4月以後も見直しができますし、最終的に「特例事業承継税制」を適用しなくても罰則等はありません。

要は、あの時こうしておけばよかったと後悔しないためにも、とりあえず「特例承継計画」を都道府県に提出し確認を受けておくべきだと思います。

こと事業承継に関しては、現状だけで判断すべきではないのです。

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「今上天皇」からのメッセージ

投稿者 Bush吉田 2018年12月26日

 今年の締めは、先に行われました天皇陛下、在位最後の誕生日記者会見について述べたいと思います。

85歳になられた陛下が生涯の集大成とし、声を詰まらせながら語ったメッセージに感動いたしました。

本当にお疲れ様でした。

国の象徴として、陛下が皇后陛下美智子さまと共に歩んでこられた日々は決して平たんなものではなかったと思います。
 
 昭和天皇の時代は、平和ではなく戦争の歴史でした。
明治時代以降、日清戦争、日露戦争を経て、100年前の第一次世界大戦で参戦し、漁夫の利を得ました。昭和になって、中国へ派兵し侵略したことがきっかけとなって、米英等の連合国を敵に回して太平洋戦争へ突入してしまいました。
 そして1945年、連合国に無条件降伏というみじめな敗戦を迎えました。

明治・大正・戦前の昭和の時代、天皇は国を統治していました。
世界に見る歴史では、戦争で敗戦した国の王族は滅びています。
 第一次大戦時のドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー二重帝国、トルコのオスマン帝国の王政が崩壊しています。
第二次大戦で敗れたイタリアも王政から共和国になっています。

 日本は第二次大戦の敗戦によって、天皇制が廃止される可能性がありました。
しかし、日本の天皇制は長い歴史の間、民族の精神的な支柱としての礎であり、国の統治者から象徴として役割を変えることで存続できました。
このことは、日本国民にとってとても幸運なことでした。

 戦後、「天皇は日本国の象徴として、国民統合の象徴として、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」(日本国憲法第一条)
 
 こうして、今上天皇は大戦の負の遺産を背負っての新たな難しい役割を果たさなければなりませんでした。
今回の記者会見を通して、陛下自身が、象徴とはどう云うことか、自らの役割を模索し続けていたことがよく分かりました。
皇太子の頃から、小泉信三氏などの知識人から意識改革する必要性を学び、真摯に行動してきたと聞いています。
また、陛下が伴侶として平民出身の正田美智子さまを選ばれたのも、国民に寄り添って生きていく決意からでしょう。
そして、「象徴」の役割を精一杯、お二人で試行錯誤しながら励んでこられたように思います。

陛下が心に深く痛み感じていたのは、多くの国民の命が散った終戦記念日をはじめ、唯一地上戦があった沖縄戦で多くの島民が盾となって犠牲になったことです。
その犠牲を悼んで11回も訪問しています。
フィリピンなど海外でも日本人だけでなく、外国人を含め、多くの人々が犠牲になった激戦地への慰霊の訪問も行われました。

また、東日本大震災などの被災者への励ましなど真心を込めて慰問されています。
どれほど被災者が癒されたことか計り知れません。
お忙しい公式行事の合間に象徴天皇のお姿がそこにありました。

陛下になられて30年、お二人で成し遂げられた国民への愛は本当に素晴らしいと思います。
父や母の愛と同じかもしれません。


あくまでもこれは個人的な私見です。。。。。

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